たまに書くこのブログは

世の中の流行り方とかをテーマにしているわけでもなくて、主に私のことを知っている人に向けて、ぼんやりだらだら書いたものでしかないです

自分の家の庭に、綺麗な花壇を作って、どうぞご自由に見ていってください と張り紙をしている感じ  だれに向けて書いたものでもないからこそ、誰かが見てくれた瞬間にその人のためのものになる

 

記事更新のたびに本名で使っているツイッターアカウントでだけ、更新のお知らせのようなツイートをしていて、そこ以外には特に載せていない 特に検索で引っかかりやすいようなワードもいれていないと思う

(推しのグループ名や名前をブログに書かないのは、検索で引っかかって特定されたくないから、狭い世間なのですぐ特定できてしまう…)

 

でも微かだけど、ツイッターからブログに飛んでくる人以外にもブログの閲覧者がいて

どうぞご自由に とは言うものの、インターネットの広い範囲の中で、私の庭にわざわざ来る誰かがいるんだなと思う

 

読んでくれてありがとう、さいきん怖くて、可愛くもないのに、人気でもないのに、ブログなんて書いてるんだと思われてるんじゃないか、不安です

苦言

 

生活を分割して その100%の中に

いまの私だったら

学校、二つのバイト(デパ地下販売と企業でのオフィスワーク)、遊びにいく、趣味、サークル、休み っていうのが満遍なく設定していたい

 

スケジュールの分割は人によって異なっていて、趣味の欄がない人もいる(地下アイドルは異様に現場が多いので趣味に多くを取られる)

あとは遊び自体が休みになる人もいる 羨ましい

 

わざわざ苦言とまで書くのは

 

私は自分のキャパシティをだいぶ理解しているつもりでいて、ある程度予想外の、急遽の予定が入ることを予測してもなお余裕を持って生活できるように調節していて

そこに残された空白の部分を暇なんだから、空いてる時間だから何か と言われても困る

 

例えば私は水曜日は学校がなくて、毎回会社の基準時間全てシフトに入っているから、水曜は毎週忙しいけれど それは私が勝手に忙しくしているだけの話で

自分で自分を忙しくしているのに、忙しいから と言われても 自分では という気持ち

 

就活だったり、学費や家のため、なにかをしなくてはならないとかは別だけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

全員見て


同じ内容のブログ記事を2000字程度まで書いていたのだが、Windowsの更新が突如始まり、消えてしまった。なんとか4000字程度まで書き戻すことが出来、やっと更新できた。もともとGooglechromeを使っていると、InternetExplorerの方が充電食わないよ!とポップアップを出してきて気に食わなかった、一生許さんぞ・・・
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知っているか知らないか、私はアイドルが好きである。本当に大好きだ。たまにこのブログを読んでいると言ってもらうことがある。今回の記事は前みたいにだらだらお堅く話したりしないので、それが見たい人は見なくて大丈夫。アイドルがどれほど魅力的で、私がどれほど惹かれているのか、考えているだけでは無駄で、誰かに見てもらおうと思った。分かる人にだけ分かればいいというタイプの人もいるが、私はそうじゃない。フォロワー全員見て、聴け。

私の好きなアイドルは、所謂“地下アイドル”である。最近は、男性地下ドルも増えてきているけれど、私は女性アイドルの女オタクをここ7年続けている。高校生のとき、でんぱ組.incのオタクだったのだが、友人に地下アイドルのやつでしょ?と言われ、ええーと思った。今、このブログを読んでいるあなたが、特にアイドルを好きだというわけではないのなら、あなたの知っているアイドルは、“地上”だと思っていただいて構わない。メディア露出があるアイドルは、地上の存在だ。上位地下アイドル(地下アイドルと呼ばれる幅は広い。地下の中にも層がある)が雑誌やラジオに出演することもあるが、それは基本的に一般の方は見ないだろう。地上に対し、“地底”アイドルもいる。アイドル自身は自分たちのことを地上、地下、地底に分類はあまりしない。そもそも、何人以上ファンがいれば・・・というようなくくりがない。ここの曖昧なものだと思ってほしい。
私の今回のブログに関しては、地下アイドルを “大型アイドルイベントに出演することもあり、ドルオタ内認知度は高く、ワンマンイベントでは300人程度集めることが出来るが、一般の方への認知はほぼないグループ・またはソロ”とする。

地下アイドルのここがすごい!
その1

・距離感が近い
正直魅力はこれに尽きる。地下アイドルは上位層でも、月2〜3回現場に来るような固定ファンというのは50人いればそこそこいるなといった実感である。その中で、それぞれ推しが分かれているのだから、アイドルは結構自分推しのオタクのことを覚えている。接触(握手会など話せる場のこと。地下アイドルは基本チェキが撮れる。というか基本チェキを撮りに行っている)や、Twitterの絡みで、ある程度仲良くなってくると本当にたのしい。特に女オタはめっちゃ良い。少ないからすぐに覚えてもらえて、わりと喜んでもらえる。私ももちろん認知(アイドルに覚えてもらうこと)があり、普通の友だちとほぼ同じように話せる。認知ほどいいものはないよ…


その2

・めっちゃいる
地下アイドルは、ほんとに数が多い。去年の巨大アイドルイベント、TIFには223組のアイドルが出演した。1グループのメンバーが5人だとして、それだけで1115人だ。48系列などの大所帯も出演していたので、実際平均メンバー数はもっと多いだろう、1つのイベントだけで、こんなにもアイドルがいる。全国で言えば、わたしの大学の学生数と同じくらいいそうだと思う。そこまでではなくとも、教職員数は絶対に超えている。それだけいれば、あなたが好きになるアイドルも絶対見つかる。
参考 http://www.idolfes.com/2017/lineup/
(去年の巨大アイドルイベントのラインナップ。アー写を見るだけで結構分かると思うので見てね)

そして、アイドルは信じられないほどライブをする。他のアーティスト界隈は、どの程度活動をしているのか知らないのだが、地下アイドルは週3〜4ライブをするのが定番だ。新宿や渋谷で平日でも休日でも毎日どこかでアイドルのライブが開場されている。もし私の友達で、アイドルのライブに行きたい子がいるなら連絡してください。チケ代くらい出すから一緒に行こう。

その3
・入れ替わりが早い!
アイドルの寿命は短い。ハムスター並だ。都心の人にはわからない例えかもしれないが、国道沿いにある飲食店をイメージしてほしい。あの場所にある店はよく潰れて、また新しいお店が出来てるけれど、前がなんのお店だったか思い出せないような、アイドルもそんな感じ。飲食店も、馴染みの店であれば無くなったら悲しいが、特に足を運んだことがなければ潰れると忘れてしまう。わたしの推しグループは、昨年2月に活動を再開し、(一昨年12月から活動を休止していた)5月に1人辞め、12月に1人辞め、12月の同じ日に1人加入した。加入した新メンバーはなんと、一昨年芸能界を引退すると言って辞めた元メンバーだった!地下アイドル界はそれでも別段動揺しない。話題にはなるけど。たまに、デビュー当日にやめるウスバカゲロウ並のアイドルもいる。で、辞めてもわりと他のグループに再加入したりする。動揺してはいけない。推し、運営のやり方に納得できないのなら、他界するか諦めるしかない。受け入れることがすべて。


その4
・オタクがたのしい!
ドルオタといえばきっと、太った男性がオタ芸をしているイメージが強いのだろう。私は中学2年から、7年間アイドルのライブを見てきたが、一度たりともそんな人を見たことはない。あなたたち
は、食パンをくわえた遅刻しそうな女子高生を見たことがあるのか?あとどの現場でもみんながサイリウムを持っているわけではない。女オタばっかりの現場もあれば、大学生の男みたいなのばっかのところもある。私のところは20代から40代の男性が多くて、少ないけど女オタもまあいる。少ないからこそ、顔なじみになって仲良くなる。日常生活でそんなに大声を出したり、踊ったり、わあわあ騒いだりすることはないだろう。現場ではそれが全部許される。Good mannerの範囲で。というか地下アイドルの現場はオタクの自治感がすごい。こうやって書いていても絶対に読み手に伝わっていないのがわかるからもどかしい。とにかく、一度見てほしい。本当に本当に。たのしい。


少し前に、ホストに貢ぐ女性へのインタビュー番組を見た。ホストクラブのシステムは、とてもうまく出来ていて、お金を使えば使うほど、担当を支えているという心地よい妄想が得られ、他の女性客へのマウントをとることが出来る。いつしかお金を使わなきゃいけないという責任感が生まれるという。夜の仕事が悪いとはおもっていないが、アイドルも似たような面があると思う。私の推しグループは、月に10回から15回くらい現場がある。私は本当にダメオタクだから、月に多くても4回くらいしか推しに会いにいけない。だから、今後も生誕委員になったり、“強い”オタク、ましてやTOになったりすることは絶対にできないだろう。(なりたくもないっちゃないのだけど)

推しのことは本当に好きだ。推しは私の1つ上で、一昨年高校卒業と共に、一人で九州の実家から上京してきた。推しグループは現体制になってから、あまり大きな会場でライブをしていない。前の体制ではなんと、ZEPPやTDCホールでやったりしていた。全然埋まってはいなかったけど。

ここからはドルオタ全体の話ではなくて、わたし個人の話になる。推しが売れたい、大きくなりたい、というたび心が痛む。推しグループは独特な活動方針というか方向性だから、メジャー的な売れ方をするのは難しくて、なかなかここから上がっていくと私すら思えない。メンバーもころころ変わっている。推しにずっとアイドルでいてほしいと思うのはこちらのエゴだ。今のアイドルとしての現状や、将来の展望に期待できなくて、他の道で幸せになれるのならば、早くそれを見つけてほしい。一方で本当はアイドルとして、推しが望むようにめちゃめちゃ売れてほしいとは思う。現場に行かなきゃという義務感は推しが売れるための支えになっているのか?推しへの好きは、好きになるほど楽しいものからしんどいものに変わった。人による。ただ楽しくて毎回通う人もいるし、だいたい気持ちが乗らないなら現場なんて行かなくていいんだし。でもそう割り切れない気持ちがどこかで、私は消せない。アイドルは人生だ。そう言って自分や周りに自分のアイデンティティを保たせようとしてるんじゃないかと思って恐ろしい。でも、アイドルが好きなのは本当だ。

別に、何もアイドルじゃなくても何か夢中になって人生をかけたいようなものがあればたのしい。もしそれが見つからない人がいるならアイドル見てみて。アイドルの寿命は短い、たった2、3年くらいの間、情緒不安定になるほど好きになろ。それだけの力があるよ。アイドルは最高。


 

なつやすみ

 

旅行が苦手

もう少し正確に言うと、旅行の帰りが苦手

 

どれだけ遠くに行っても、その日に帰るのならばあれだけ苦しくはならない。帰りたくなくて、寂しいのとは違う。旅行自体は嫌いではないし、大学生になって、特に二年生の今年周りの人がたくさん旅行に行っているのを見て、羨ましいとも思った。

私は茨城に住んでいるから、多くの場合都内に出てから旅行の目的地に行くのだけれど、旅行の目的地から都内に戻る時が辛くて嫌になってしまう。というか、旅行の最後の日の朝から苦しくなる。だから、帰りは出来るだけ寝て意識を飛ばしていたい。昔、音楽を聴きながら勉強していた。いつの間にか音楽に意識が向かなくなって、アルバムを聴き終わって最初の曲に戻って、やっと気づく瞬間が好きだった。夢中になって何かすることは、意識を失っているのに似ている。旅行中は非日常に夢中になっていて気づかないだけかもしれない。

 

イヌイット語にはだれか来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみる気持ち を意味する単語があるらしい。そんな風に、私が旅行の最後に寂しいような早く帰りたいような、旅行の帰る工程を無くしたくなる辛い気持ちを表現する言葉がほしい。

 

 

おばけ

 

季節外れのお話し

斉藤由貴の「卒業」がすごく好きです

中学も高校も、私の周りはみんなあまり受験がおわっていなくてそれどころではなかった、そして関東圏だったので遠くに行く人も少なかった から あまり泣いた思い出がない 

  

泣かないのは冷たい人だからなのか?

歌詞の彼女は彼(どういう存在かは一応わからない)が離れても連絡すると言うのを止めている

卒業しても友だちという言葉も嘘ではないと言うけれど、ただまっすぐに信じているわけではないです

 

http://sp.uta-net.com/song/2865/

見てね

 

木綿のハンカチーフ」という歌があるのだけど、その歌詞の女の子は「卒業」の彼女とは対照的な存在にある気がする

 

http://sp.uta-net.com/song/4548/

見てね

 

この女の子も都会に行く男の子に残されるのだけど 女の子はいつか帰って来るのを望んでいる

男の子も女の子の気持ちに応えようとするけれど 有名な歌だからみんな知ってるかもしれない

 

どちらも辛い別れの歌だけど、「卒業」の女の子は辛いと思わないように、保険をかけているように思えます 卒業したら多かれ少なかれ今よりも離れる そのことを辛く思わないように

 

わたしは進学と同時に多くの友だちとは連絡を取り合わなくなってしまったし、(単に元々友だちが多くないのもあるのだけど) 周りでお付き合いしていた人たちは多くが別れてしまった

それが私の周りだけの偶然なのかわからないけれど、そういうこともあって「卒業」の彼女に共感するし、卒業ソングで一番好き

 

ずっと私の話になってしまうけれど、バイトと、長期のインターンをしていて 同じ学生とはわりと仲良くしてもらってる ほんとうに最近 二人の人に そこを私が辞めたとしてもまた会うことは出来るでしょ という趣旨のことを言われてぼんやりしてしまった 別に薄い関係を保ちたかったのではなくて、頻繁に会わない状態が続けば関係は終わると思っていた

 

Twitter上で一時期たくさん見かけたカップル共同アカウントはいまほとんど見ない 散々批判されまくっていたからというのもあるし、流行ってないからもあるけれど、別れを見越しているからそういうことをしない人がたくさんいるんじゃないかとおもう

 

離れても電話するよ 、だったり、ずっと友達 を信じられないのは、無意識な自己防衛のため かなと

 

 

 

 

 

このブログなんですけど、本当に誰でも思うことをぼんやり書いてるだけなので、主張したいとかではないです 大したことないよ!今日は短め!

 

 

 

 

 

 

提出のないレポート:ドラマが見られない

フィクションの影響は存在するだろうか。
いつからか分からないが、漫画やアニメが子供に悪影響を与えるという説はずっと提唱され続けている。BPOには毎月、あの番組は規制するべきではないか、教育上に悪いという視聴者からのご意見が届く。

端的に言うと影響はあると思う。ただ、それはニュースでときどき見るような猟奇的な犯罪を犯した人がこんなの見てました!というような安易なものではない気がする。

影響は長期的なものと、短期的なものがあると思う。長期的なものは、よく言われるもの。暴力的なゲームをしたりアニメを見たりしていると暴力的になり犯罪につながる というようなもの。または、性に関する知識は教育上よくないといったようなものである。一般的にフィクションの悪影響とされるものは暴力と性の話だと思う。(ちなみに青少年の性行動全国調査だと2005年から大学生高校生共に性交経験率は下がり続けているのだが)
例えば、20年前の話だが、ギフトというテレビドラマの主人公が使うバタフライナイフにかっこよさを感じ少年が、おなじバタフライナイフで女性教諭を刺殺する事件が起きた。この作品は別に不良少年ものでもなかったのだが、容疑者の少年は拘置所内から本作の再放送の中止を求める手紙を出している。影響がなかったとは言えないだろう。最近だと、国連が日本の漫画が暴力的なポルノ表現や児童ポルノを含んでいると批判していた。
まあ、本当にゲームやアニメでの暴力シーンを真似するような奴は救いようがないと思う。そして、おおよそのところニュースで騒がれるフィクションの影響は直接的なものではないだろう。普段から人を恨んだり憎んだりしない人が暴力的なフィクションを見たからといって犯罪をおこすことはないだろう。あくまでも、可能性になりうるかもしれないくらいの話ではないだろうか。

 

短期的な影響は多くの人が体感していると思う。単に、明るい映画を見たら明るい気持ちになる、暗い映画を見たら暗い気持ちになる、くらいの話。影響が、一方の作用や働きが、結果として他方に変化や反応を起こさせることであると定義されているならば、これもフィクションの影響だろう。私の知人には、アウトローな映画を見た後しばらく言葉遣いが荒くなる人がいる。一日もたてば戻る短期的な影響だけれど。長期的なフィクションの影響は、この短期的な影響の延長線上にあるように思える。ずっと同じようなものに触れていたら、自分もその中に混じっていくだろう。自分が好きで見ているものなら、なおさらそうなる。

私がドラマを見られない、というか得意ではないのはこの短期的な影響が苦しいからである。映画の宣伝で、見終わった人がコメントしているCMがある。映画の中に入ったみたい!だとかハラハラしました!みたいなやつ。だいたい途中で小さい子が〇〇がかわいかった~とかが入るやつ。そんなことは別にいいのだが、私はその途中のハラハラに耐えられない。多くの作品は途中にピンチが訪れる。焦るシーンだったり悲しいシーンであったりと様々ではあるが、その最中に感情移入しすぎてしまって耐えられなくなる。家で見ているならば、そうなれば「作品名 ネタバレ」の検索で結末を見てしまえばいいのだが、映画館だとそうはいかない。だから私は基本的に結末が予想され、安心して観ていられるものしか観に行かない。(ピンチのない穏やかな作品もあるだろうが、それはそれで興味がそんなにない)

アンパンマン然り水戸黄門しかりディズニー然り、これらはおおよそ キャラ登場⇒ピンチの訪れ⇒解決そしてハッピーエンドの構成で出来ている。ドラマも回ごとにこの構成で作られているものはたくさんあるけれど、ピンチが次の回までまたぐような大きなものだと辛くなってしまう。しかしこれはあくまでも私の個人的な話だ。わざわざ宣伝するのだから、このハラハラを楽しんでフィクションを見に来るのだから、影響に対する耐性・・・?は個人差があるのだろう。

 

マンガアプリの広告は、いつも過激なシーンばかりピックアップされている。主体的にそれを見ようとしているわけではないから、不快に思っている人は多いと思う。それでも似たようなものばかり見せられるのは、それであることでクリック数が稼げるのだろう。Twitterで学生ばかりフォローしているよくわからないアカウントたちは、人生に刺激を与えると言ってくる。確かに現代は刺激が足りないのかもしれない。現代しか生きていないから分からないのだけど。少なくとも今は社会が目まぐるしく変わっていく時代ではないと思う。だから、フィクションに過激さを求めるのかもしれない。前に知らない科学者?がテレビでそんなようなことを言っていたので少し安心している。

上述したフィクションの影響は、無意識のうちのものだと思う。フィクションで疑似体験を行うのとは違う気がする。この週末エヴァンゲリオン26話を全話通して見ていた。講義で精神世界を描いていると聞いて興味を持ったからだ。地下アイドル、精神がちょっと歪んでいて大変な子が多いからそこから興味がわいた。自分がすごーくお堅く過ごしてるのが分かっているので、自分と違うものに興味がある。例えば私がサイケデリックなトリップ映画を見たとして、実際にくらくらすることはないと思う。ただ好きで作品を見るのと、疑似体験として作品を見ることの違いは上手く言い表せないけれど、違いがある。極端な例をあげるなら、疑似体験としての視聴はドキドキする刺激が欲しくてあまり得意ではないホラー映画を見るようなもの…かな 怖いと思う短期的で直接的な影響はあっても、それ以上はないと思う。

 

化け物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ 深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗いているのだ という言葉の通り、私たちが現代に足りない刺激をフィクションに求めたとしても、刺激に飲み込まれてはいけない。疑似体験の視聴は異なるとは言ったが、いつ引きずり込まれるかわからないので。

 

ここまで書いたけれどほんとうのところはよくわからない。確実な悪影響があるとすれば、時間を奪うということ。26話通し見のせいで私の単位は侵食されつつあるのだ。

大した話ではないです

高校生の時のこと。

当時、2013年4月に日本一号店をオープンさせたギャレットポップコーンが原宿に毎日大行列を作っていました。私は何の気なしに「同じポップコーンが全く違うケースに入って近所のスーパーに売っていたらあの人たちは買うのだろうか」というような内容のことをTwitterに書き込みました。 しばらくして、当時の部活の先輩が、ツイート見たよ、友だちにも見せたらすごい子だねって言ってた!と笑いながら言ってくれました。

 

ポップコーン専門店の流行りはだいぶ落ち着き、現在はかき氷やカップケーキなど、さまざまに移り変わっているようです。中でも、2010年日本参入のEggs'n Thingsや2011年日本参入のCafe Kailaなどに代表されるパンケーキのブームは長きに渡って続いています。 幸せのパンケーキ、billsなども流行っています。

 

パンケーキを食べに行くということはいまや一つのアトラクションです。女子高生、女子大生の憧れの的となり、平日でも1時間待ちなんてのもザラです。さて、そのことに関して気になることがあるんです。

 

「甘い円盤を探して 並ぶためにパンケーキ食べて」

歌手)Suchmos 曲名)GAGA

 

「お洒落なカフェにも行きたい 並んでパンケーキ食べたい

 頭の良さそうなこと呟いてリツイートされてみたい」

歌手)CreepyNuts 曲名)たりないふたり

 

二つの曲から歌詞を引用させてもらいました。かっこいいよね、どっちも。

二つ目の方はここだけ見るとあまり分からないんだけど、たぶんふたりは本当にこんなことを思ってるわけじゃない。

検索欄に パンケーキ 行列まで入れると、予測にバカって出てきます。本当に調査したの?っていうようなニュースサイトみたいなものがたくさん出てきて、ほんとに食べたいと思ってるんですか、高いでしょ、おかしいでしょ、と 

 

パンケーキ、行列はそんなに糾弾されなくてはいけないものでしょうか?私は最初に書いた高校生のときにTwitterに書いたことを後悔しています。先輩は本当はどう思っていたのかわからないけれど、そんなこと言う人いないからって笑ってくれたとしても友達は実際並んで買いに行っていたし、余計なこと言わなければよかった。

 

まとめ

・別にいいじゃん

・わざわざ記事にしたはいいけどそんなに書くことがなかった