提出のないレポート:ドラマが見られない

フィクションの影響は存在するだろうか。
いつからか分からないが、漫画やアニメが子供に悪影響を与えるという説はずっと提唱され続けている。BPOには毎月、あの番組は規制するべきではないか、教育上に悪いという視聴者からのご意見が届く。

端的に言うと影響はあると思う。ただ、それはニュースでときどき見るような猟奇的な犯罪を犯した人がこんなの見てました!というような安易なものではない気がする。

影響は長期的なものと、短期的なものがあると思う。長期的なものは、よく言われるもの。暴力的なゲームをしたりアニメを見たりしていると暴力的になり犯罪につながる というようなもの。または、性に関する知識は教育上よくないといったようなものである。一般的にフィクションの悪影響とされるものは暴力と性の話だと思う。(ちなみに青少年の性行動全国調査だと2005年から大学生高校生共に性交経験率は下がり続けているのだが)
例えば、20年前の話だが、ギフトというテレビドラマの主人公が使うバタフライナイフにかっこよさを感じ少年が、おなじバタフライナイフで女性教諭を刺殺する事件が起きた。この作品は別に不良少年ものでもなかったのだが、容疑者の少年は拘置所内から本作の再放送の中止を求める手紙を出している。影響がなかったとは言えないだろう。最近だと、国連が日本の漫画が暴力的なポルノ表現や児童ポルノを含んでいると批判していた。
まあ、本当にゲームやアニメでの暴力シーンを真似するような奴は救いようがないと思う。そして、おおよそのところニュースで騒がれるフィクションの影響は直接的なものではないだろう。普段から人を恨んだり憎んだりしない人が暴力的なフィクションを見たからといって犯罪をおこすことはないだろう。あくまでも、可能性になりうるかもしれないくらいの話ではないだろうか。

 

短期的な影響は多くの人が体感していると思う。単に、明るい映画を見たら明るい気持ちになる、暗い映画を見たら暗い気持ちになる、くらいの話。影響が、一方の作用や働きが、結果として他方に変化や反応を起こさせることであると定義されているならば、これもフィクションの影響だろう。私の知人には、アウトローな映画を見た後しばらく言葉遣いが荒くなる人がいる。一日もたてば戻る短期的な影響だけれど。長期的なフィクションの影響は、この短期的な影響の延長線上にあるように思える。ずっと同じようなものに触れていたら、自分もその中に混じっていくだろう。自分が好きで見ているものなら、なおさらそうなる。

私がドラマを見られない、というか得意ではないのはこの短期的な影響が苦しいからである。映画の宣伝で、見終わった人がコメントしているCMがある。映画の中に入ったみたい!だとかハラハラしました!みたいなやつ。だいたい途中で小さい子が〇〇がかわいかった~とかが入るやつ。そんなことは別にいいのだが、私はその途中のハラハラに耐えられない。多くの作品は途中にピンチが訪れる。焦るシーンだったり悲しいシーンであったりと様々ではあるが、その最中に感情移入しすぎてしまって耐えられなくなる。家で見ているならば、そうなれば「作品名 ネタバレ」の検索で結末を見てしまえばいいのだが、映画館だとそうはいかない。だから私は基本的に結末が予想され、安心して観ていられるものしか観に行かない。(ピンチのない穏やかな作品もあるだろうが、それはそれで興味がそんなにない)

アンパンマン然り水戸黄門しかりディズニー然り、これらはおおよそ キャラ登場⇒ピンチの訪れ⇒解決そしてハッピーエンドの構成で出来ている。ドラマも回ごとにこの構成で作られているものはたくさんあるけれど、ピンチが次の回までまたぐような大きなものだと辛くなってしまう。しかしこれはあくまでも私の個人的な話だ。わざわざ宣伝するのだから、このハラハラを楽しんでフィクションを見に来るのだから、影響に対する耐性・・・?は個人差があるのだろう。

 

マンガアプリの広告は、いつも過激なシーンばかりピックアップされている。主体的にそれを見ようとしているわけではないから、不快に思っている人は多いと思う。それでも似たようなものばかり見せられるのは、それであることでクリック数が稼げるのだろう。Twitterで学生ばかりフォローしているよくわからないアカウントたちは、人生に刺激を与えると言ってくる。確かに現代は刺激が足りないのかもしれない。現代しか生きていないから分からないのだけど。少なくとも今は社会が目まぐるしく変わっていく時代ではないと思う。だから、フィクションに過激さを求めるのかもしれない。前に知らない科学者?がテレビでそんなようなことを言っていたので少し安心している。

上述したフィクションの影響は、無意識のうちのものだと思う。フィクションで疑似体験を行うのとは違う気がする。この週末エヴァンゲリオン26話を全話通して見ていた。講義で精神世界を描いていると聞いて興味を持ったからだ。地下アイドル、精神がちょっと歪んでいて大変な子が多いからそこから興味がわいた。自分がすごーくお堅く過ごしてるのが分かっているので、自分と違うものに興味がある。例えば私がサイケデリックなトリップ映画を見たとして、実際にくらくらすることはないと思う。ただ好きで作品を見るのと、疑似体験として作品を見ることの違いは上手く言い表せないけれど、違いがある。極端な例をあげるなら、疑似体験としての視聴はドキドキする刺激が欲しくてあまり得意ではないホラー映画を見るようなもの…かな 怖いと思う短期的で直接的な影響はあっても、それ以上はないと思う。

 

化け物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ 深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗いているのだ という言葉の通り、私たちが現代に足りない刺激をフィクションに求めたとしても、刺激に飲み込まれてはいけない。疑似体験の視聴は異なるとは言ったが、いつ引きずり込まれるかわからないので。

 

ここまで書いたけれどほんとうのところはよくわからない。確実な悪影響があるとすれば、時間を奪うということ。26話通し見のせいで私の単位は侵食されつつあるのだ。